難破した三十六人は、なぜ朝鮮に十三年閉じ込められ、八人だけが小舟で日本へ逃げられたのか(ハメル 1653–1666)
カイの歴史のしくみ解剖
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難破した三十六人は、なぜ朝鮮に十三年閉じ込められ、八人だけが小舟で日本へ逃げられたのか(ハメル 1653–1666)
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#歴史 #歴史解説 #漂流 #朝鮮 #オランダ
難破した三十六人は、なぜ朝鮮に十三年閉じ込められ、八人だけが小舟で日本へ逃げられたのか。一六五三年八月十六日、長崎へ向かっていたオランダ東インド会社の船スペルウェル号が済州島の岩で砕け、六十四人のうち三十六人が岸に上がりました。二十三歳の会計係ヘンドリック・ハメルもその一人です。朝鮮王は彼らを日本へ送らず、王の護衛兵に組み入れ、のちに全羅道へ送りました。十三年のあいだに二十人が死に、一六六六年九月、八人が麗水で買った漁船で五島へ渡り、長崎奉行の尋問を経て出島に入ります。
この動画は、朝鮮を「理由のあるしくみ」として見ていきます。清の属国になったばかりの国、国を知られたくない王、火砲を知る男たち、そして人を返す「道」の問題です。朝鮮は日本人の漂流民を対馬を通して返し、清とは北京を通して話がつきましたが、オランダとは何の関係もありませんでした。残った八人が帰れたのは、ハメル自身が長崎奉行に提案したとおり、将軍が朝鮮王に書状を送り、対馬がそれを運んだからです。
一次史料は、ハメルの日誌の写本(オランダ国立公文書館)を校訂したホーティンク版(一九二〇年)、そこに収められた長崎奉行の五十四の問いと答え、出島の日記(一六六八年)、『朝鮮王朝実録』孝宗四年八月六日条です。日本語訳は生田滋訳『朝鮮幽囚記』(平凡社 東洋文庫)で読めます。
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0:00 城壁を越えた八人
0:33 帳簿を持つ男
1:13 八月十六日
2:20 鈴をつけられる
3:40 赤い髭の朝鮮人
5:07 一度に死ぬ方がまし
6:11 王の答え
7:49 清の使者の馬
9:02 三日生きられれば
10:08 壁のない牢
11:38 二倍の値段
13:35 月の入りと引き潮
15:52 五島から長崎へ
17:45 もう一年
18:59 将軍の手紙
20:32 三度刷られた報告書
21:58 返す道
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あなたが一六六六年の麗水で、十六人のうちの八人だったら、残る八人にその夜のことを告げましたか。コメントで教えてください。
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【出典・参考資料 / Sources】
■ 一次資料
B. Hoetink (ed.), Verhaal van het vergaan van het jacht De Sperwer… door Hendrik Hamel (Linschoten-Vereeniging XVIII, 1920):日誌写本の校訂、長崎奉行の問答、出島日記 / Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi...
『朝鮮王朝実録』孝宗実録 孝宗四年(一六五三)八月六日「済州牧使李元鎮馳啓」国史編纂委員会
https://sillok.history.go.kr/id/kqa_1...
Hendrick Hamel の原文・関連史料(Henny Savenije)
https://hendrick-hamel.henny-savenije...
国立公文書館 デジタル展示「漂流ものがたり」漂流民の送還
https://www.archives.go.jp/exhibition...
■ 研究・解説
ヘンドリック・ハメル(Wikipedia 日本語)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンドリック・ハメル
Hendrick Hamel(Wikipedia 英語)
https://en.wikipedia.org/wiki/Hendric...
Jan Janse Weltevree(Wikipedia 英語)
https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Jan...
Choe Chong-dae, "Pioneering spirit of Hamel", The Korea Times (2022)
https://www.koreatimes.co.kr/opinion/...
윤주「조선에 남은 하멜 요리사 얀 클라슨」전북일보 (2022)
https://www.jjan.kr/article/202209285...
「조선을 서양에 알린 최초의 책은 회사에 낸 보고서였다」(brunch)
https://brunch.co.kr/@bgm/306
Atlas of Mutual Heritage: Sperwer / Hamel
https://atlasofmutualheritage.nl/en/i...
五島盛勝・長崎奉行・倭館(Wikipedia 日本語)
https://ja.wikipedia.org/wiki/五島盛勝
https://ja.wikipedia.org/wiki/長崎奉行
https://ja.wikipedia.org/wiki/倭館
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【断り書き】
・日付はオランダ東インド会社の暦(西暦)で述べています。生き残りの人数は、ハメルの日誌では三十六人、『孝宗実録』では三十八人です。動画ではハメルの三十六を使っています。
・難破の場所は、加波島、龍頭海岸、大静の浜(『知瀛録』の記述)の三説があり、確定していません。
・ウェルテフレーが朝鮮に来た経緯、済州の屋敷の由来、漢城での暮らし、清の使者の件、物乞い、舟の購入、脱出の夜の細部は、ハメルの日誌にしか記録がない話です。朝鮮王の言葉は、ハメルが通訳を介して聞き、長崎奉行への答えとして記したものです。
・獄中で死んだ二人について、ハメルは「自然死か殺されたか分からない」と書いています。南原に残った料理人ヤン・クラースゾーンは、出島の記録では死亡、ウィッツェンの記述では残留を選んだとされ、二説あります。
・孝宗の北伐計画と西洋人の関係は研究者の見方であり、動画では「説」として述べています。
・『Journael』スティヒター版(一六六八年)の木版画七点(難破、捕縛、四隻の船、王への謁見、薪運び、小舟での逃走、日本のオランダ船団)、ハメル日誌写本の冒頭頁、ホーティンク版(一九二〇年)付図、L. バクハイゼンの海景画(一六九七年、アムステルダム国立美術館)は、いずれも著作権の切れた資料です。木版画は朝鮮を見たことのない職人による想像図です。それ以外の絵は、このチャンネルで描き起こしたもので、史料ではありません。ハメルとウェルテフレーの顔も、残っている肖像はなく、描き起こしです。