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志ん朝 春団治 春蝶 志ん生 ありゃ!勘違いしちゃったって噺【落語】花瓶 高尾 昭和仁侠伝 粗忽長屋

落語ch:荒獅子男乃助

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志ん朝 春団治 春蝶 志ん生 ありゃ!勘違いしちゃったって噺【落語】花瓶 高尾 昭和仁侠伝 粗忽長屋

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落語ch:荒獅子男乃助
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0:48花瓶 25:06高尾 45:43昭和仁侠伝 56:28粗忽長屋 1:20:02エンドトーク 「花瓶」 珍品の花器を道具屋で探しているお侍さん。主人に勧められる花瓶には目もくれず、心に響く一品に引きつけられていた。道具屋に汚いものだからとか、”しびん”と言われても洗えばいいからと気にも留めない。明日国元へ帰るから土産にしたいと言うので、道具屋に悪い気が起きた。お客様は目が高いと褒めておいて、京都とここだけにしかない南蛮物の珍品、5両で売ってしまった。知らないとは恐ろしいもので大金をはたいて、白昼宿に裸で持ち帰ったのだが・・・。 三代目 古今亭 志ん朝 七代目立川談志、五代目三遊亭圓楽、五代目春風亭柳朝と共に、若手真打の頃から東京における『落語若手四天王』と呼ばれた。他にも同世代噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』と称される。 「古今亭志ん朝」を名乗った他の2人は、いずれも名乗った期間が極めて短い。そのため「古今亭志ん朝」と記した場合、真打昇進から没するまで40年以上にわたって「志ん朝」を名乗り続けた三代目を指すことがほとんどである 「高尾」 江戸落語では「反魂香(はんごんこう)」別題に「高尾名香」「高尾の亡霊」上方落語では伝統的に「高尾(たかお)」の題であるが「紺屋高尾」と紛らわしいため、上方でも反魂香の題で演じられることがある。また、話の発端である仙台公の手討ちの場面の話のみで高尾という1つの噺にもなる。長屋の隣の坊主が毎晩、鉦を叩くので眠れない。文句を言いに行くと坊主は元は武士の島田重三郎で吉原の三浦屋の高尾太夫と二世を契った仲だという。高尾は仙台の伊達の殿様から身請けされたが、重三郎に操を立てて殺されたので、坊主になって名も道哲と改め毎晩こうして回向をしているという。坊主は高尾と取り交わしたという魂返す反魂香を火鉢にくべる。すると幽霊の高尾が現れ・・・ 三代目 桂 春団治 歌や芝居に表現される春団治の破天荒でやたけたなキャラクターは三代目には当てはまらず、むしろ「繊細」「華麗」という表現が三代目の芸風に当てはまる。語り口は淡々としていて艶やか。爆笑噺を得意とした初代や二代目とはまた違う上品さを持ち合わせており、その高座は「奇麗な芸」とも形容された。落語の導入部である「枕」を振らずにいきなり本題に入る型をとっていた。持ちネタの少なさで有名である。演じないものは出来ないのではなく、高座にかけられる物にならないから出さず、その結果として「完璧にやれる」ネタしか高座にかけなくなった。その代わり演じるものについては高座にかけるたびにとことん練り上げていた。大阪の演芸界では「三代目」といえば3代目春団治を指す。四天王と並び称された米朝と文枝は、それぞれ先代が短期間の名乗りだったこと、襲名が60代に入ってからだったという事情があり、同様の略され方をされることはない。 「昭和任侠伝」 桂音也が1970年代初めに創作した。当時人気のあった、高倉健、鶴田浩二、藤純子(現:富司純子)らが主演した東映任侠映画のパロディが散りばめられている。2代目桂春蝶の得意ネタとして知られ、2代目春蝶の死後は弟子の桂昇蝶や、息子の3代目桂春蝶などによって演じられている。「任侠道」に憧れる男は、安物の着流しに雪駄姿で街をうろつき、毎日のように任侠映画を見ては「健さんかっこええなあ……」などと悦に浸りながら八百屋を営む自宅に帰る暮らしを送っている。「おっ母さん。今、帰(けえ)って来たよ。妹のさくらはもう寝たかい?」「さくらやない。カズコじゃ! 東映も松竹もごっちゃになってるやないか!男は風呂屋への道すがら、女性に「お兄さん」と声をかけられ・・・ 二代目 桂 春蝶 若いころから無類の酒好きで食事をほとんど摂らず身長175cmに対して体重41kgと非常に細身の体にギョロっとした目の風貌がドナルドダックに似ており、酒と博打の話題や阪神タイガースの大ファンとしても知られた。自作では『ピカソ』、『河童の皿』という演目を残している。新作落語では仁侠映画を題材にした『昭和任侠伝』も得意ネタとした。『昭和任侠伝』は、ヤクザ映画全盛期にヤクザに憧れたとぼけた男の物語で、現在は3人の弟子と実子の3代目春蝶、3代目春蝶門下の紋四郎が受け継いで演じている。2代目春蝶の作とされることの多い『昭和任侠伝』であるが、実際は桂音也の作品である 「粗忽長屋」 八五郎と熊五郎は同じ長屋の隣同士で兄弟分。ある日、八五郎は浅草の観音様に参り、雷門を出た所で黒山の人だかりにぶつかる。大勢の野次馬の股ぐらの間をくぐって見ると、これが行き倒れで、倒れた人を見ると兄弟分の熊五郎だった・・・原話は、寛政年間に出版された『絵本噺山科』の一遍「水の月」 五代目 古今亭 志ん生 1890年6月5日東京生まれ。本人曰く4代目橘家圓喬の弟子 6代目圓生は志ん生について「芸の幅が五十をすぎて、パーッと開けちゃった」「人間はズボラだったが、芸にウソはなかった」「志ん生の芸は傷だらけ(中略)その芸も完璧なものじゃなかったわけで、人間描写もいい加減なところがあった」「小さく固まらなかったから、いつかその芸がなんともいえない独特の芸風にふくらんでしまった」口演の出来不出来が激しかったが、「そこがいかにも志ん生らしいところで」「志ん生さんにはフラがありましたが、あれも型があっての上での自在な間なんです。型のないものは芸じゃありません。」と評している。「完成した5代目志ん生」を見ると「天衣無縫」と思えるが、実際は売れない時代が長く、芸について苦労して非常に考えた上であの芸風を苦心して作り上げたことが窺える。 トークなしで純粋に落語だけを楽しみたい方はこちらでどうぞ 落語の蔵:   / @repli455   荒獅子男乃助のトークも含めてユル~く楽しみたい方はこちらでどうぞ 落語ch:荒獅子男乃助:   • 落語の緩アルバム   #志ん朝 #春団治 #春蝶 #志ん生 #花瓶 #高尾 #昭和仁侠伝 #粗忽長屋