『赤毛のアン』を訳した村岡花子。26歳で嫁いで43年【大正8年】
花嫁たちの記憶
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『赤毛のアン』を訳した村岡花子。26歳で嫁いで43年【大正8年】
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『赤毛のアン』を日本語に訳し、日本の子どもたちに届けた、村岡花子。
その30年以上前に出た、1冊の小さな本があります。いちばん最後のページには、訳した人として「安中花子」、印刷した人として「村岡儆三」の名前がのっています。結婚する前の花子と、のちに花子の夫になる人です。
この本の印刷を通して出会った2人は、半年で70通あまりの手紙をやりとりし、1919年の秋に結婚しました。大切な家族をなくした震災の日。5歳で亡くした息子。戦争中、明かりをかくした部屋で訳しつづけた1冊。夫を見送るまでの43年を、記録と研究者の資料をもとにたどります。
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チャプター
0:00 1冊の本の、最後のページ
0:57 あいさつ
1:07 甲府の娘と、カナダの先生たち
2:30 1冊の本と、70通の手紙
4:30 築地の教会の花嫁
5:11 震災の日
6:32 道雄の5年
8:17 ミス・ショーの1冊
9:36 夫を見送る
10:07 花嫁の記憶
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参考文献
・藤沢真理子の論文(『東邦学誌』47巻1号・2018年)
── 花子の生い立ち・儆三との出会いと結婚・震災・道雄の死・『赤毛のアン』まで
・藤沢真理子「関東大震災における賀川豊彦・ハル夫妻と村岡家」(『東邦学誌』49巻2号・2020年)
── 福音印刷と震災の被害・儆三の亡くなった日
・村岡恵理『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(新潮文庫)
── 70通あまりの手紙・道雄文庫(朝ドラ『花子とアン』のもとになった本)
・東洋英和女学院『史料室だより』(63号・84号・85号・90号)・「村岡花子の生涯」のページ
── 生年月日・女学校の10年・1冊目の本を訳し終えた日・『赤毛のアン』の初版の日
・救世軍の資料(1冊目の本の奥付の写真)
── 本の最後のページに並ぶ名前
・峯岸英雄「『福音印刷』創業者 村岡平吉の軌跡」(『郷土神奈川』53号)
── 福音印刷・震災の日の儆三
・Dictionary of Canadian Biography「SHAW, LORETTA LEONARD」
── ミス・ショーの生まれた年と帰国
・文藝春秋の写真資料(1932年、ラジオに初めて出た日の花子)
※ 記録と研究者の資料をもとに再構成しています。朝ドラ『花子とアン』とは、ちがう所があります。
※ 花子の文章や手紙は、そのまま読まず、内容を言いかえてお話ししています。
※ 「〜といいます」と話した所は、ひとつの資料だけに残る話です。
※ 画像はすべてイメージで、実在の人物の肖像ではありません。衣装や建物は、当時の記録をもとに描いています。
BGM:『雨音のワルツ』yuhei komatsu(OpenTracks)
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▶ 『赤毛のアン』を書いた、モンゴメリの結婚の物語:
• 『赤毛のアン』の作者モンゴメリが、5年近くかくした婚約。36歳で花嫁になった夏。
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