粟谷神社 / 出雲と吉備のパワーバランス ( 2026-10-16 )
神社と神話伝承地チャンネル
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雲南市三刀屋町粟谷の粟谷神社(あわだに神社)にお詣りしました。粟谷神社は著書「出雲國風土記所載神社399社」で非神祇官社 357番 粟谷社 (あはたにのやしろ)と紹介されてます。主祭神には出雲国風土記には珍しい吉備津彦命 が祀られています。伝承によれば「崇神天皇の御代に出雲振根討伐の為四道将軍吉備津彦命が大命を受け、この粟谷まで進まれ陣をもうけ動静をうがった。その跡地に人々が宮を祀った」とあり出雲國と吉備國のパワーバランスを競う重要な地点であったと思われます。覇権争いにより大切な命への鎮魂をこめて建立したのが粟谷神社でしょう。あえて吉備津彦命 を祀った 出雲國の懐の深さを感じますね。尚、吉備の一部民間伝承には出雲族が鬼であったという説は根拠が薄く個人的には違和感を感じてます。
出雲國風土記名: 粟谷社 (あはたにのやしろ)
主祭神:吉備津彦命
合祀神:菅原道真命、足仲津彦命、気長足姫命
雲南市三刀屋町粟谷
https://goo.gl/maps/DiCHJ176J7rVmD3GA
近くに粟谷古墳群があり
「粟谷社神の由緒より」
出雲風土記にある粟谷神社で式外社、雲陽誌には吉備津大明神と記されており主祭神は第七代孝霊天皇の第三皇子吉備津彦命であります。崇神天皇の古代に出雲振根が朝廷の命に背いたので四道将軍吉備津彦命が勅命を奉じ、之を鎮めるため出雲に降りられた。備後路から仁多郡を経てこの地にご滞在になり振根の動静をうかがわれたと記されています。後、この遺跡に人々が命の威徳を偲ひ宮を建立したのが、粟谷神社であう。往古の社域は現在地の西方約100米の天辺という丸い小山の上にありましたが、明和年間火災に遭い、文化12年現在地に移遷されました。
「参考情報」
崇神天皇の御代は、『日本書紀』の伝承に基づく紀元前では紀元前97年〜紀元前30年(在位:崇神天皇元年〜68年)、近年の歴史学・考古学(纏向遺跡の分析など)では3世紀前半〜4世紀前半頃(およそ3世紀中頃)と推定されています。