定年後も息子を支える夫へ、私が見せたのは月ごとの援助の合計。続けるなら、私たちの生活費をどう考えるのか
ことばの灯り
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定年後も息子を支える夫へ、私が見せたのは月ごとの援助の合計。続けるなら、私たちの生活費をどう考えるのか
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ことばの灯り
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息子への五万円は、もう送ってある。それなのに夫は、今月はあと三万円と言いました。翌日届ける煮物の容器に日付を書いていた私は、買い物帳から月ごとの援助を足した紙を抜き、夫の湯のみの脇へ置きました。
私は六十六歳。夫が継続雇用の仕事を終え、これからは朝ご飯も急がず、二人の暮らしを少し楽にできると思っていました。けれど、送金にお米や洗剤、孫を喜ばせたくて買う食べ物を加えると、三か月の援助は二十六万四千円。足りない分は、貯金から出していたのです。
息子の転職を支えたい気持ちは、私にもありました。三か月ほどのつなぎと思いながら、期限を口にしなかったのも私です。ただ、二人の年金は月にすれば二十二万円、生活には十九万円。援助を続けるために何を減らすのか、もう私一人で考えることはできませんでした。
追加の三万円は送らない。そう伝え、夫には買い物と届ける段取りを任せてみることにしました。ところが家計を話し合う席で、夫は空いている二階での同居を提案します。さらに、私の知らないところで、夏の十泊の話まで進んでいました。
二階には、私が布を広げて縫い物をする机があります。家賃がなくなれば助かる息子たち。その一方で、食事も買い物も、まだ誰も引き受けていない仕事が増えていく。皆で食べるのは好きでも、その気持ちだけで毎日の暮らしを決めていいのでしょうか。
断れば、息子や孫をがっかりさせるかもしれない。自分の年金だけで別に暮らせるのかも分からない。それでも、私の時間と老後のお金を、相談のない約束に組み込んでほしくはありませんでした。家族を助けることと、自分たちの生活を守ること。その線をどこに引くのか、私たちの話し合いを最後まで聞いていただけたらと思います。
#熟年夫婦 #年金生活 #成人した子への援助 #家族との境界線