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【家系図で見る】豊臣家はその後どうなった?秀頼の娘、ねねの実家、皇室につながる血筋

日本史読解室

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【家系図で見る】豊臣家はその後どうなった?秀頼の娘、ねねの実家、皇室につながる血筋

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1615年、旧暦の5月8日。燃え残った大坂城の蔵の中で、豊臣秀頼と母の淀殿が亡くなりました。「豊臣家は、ここで滅んだ」と語られてきました。 けれど、秀頼の7歳の娘は殺されず、鎌倉の東慶寺の住持になりました。秀吉の妻・ねねの実家の木下家は、「豊臣」の氏を許された大名家として明治まで続きました。秀吉の姉の血筋は、九条家を通じていまの皇室にもつながると、系図の研究者は説明しています。そして「秀頼は生きている」という噂は、落城から一か月も経たないうちに、イギリス人の商人の日記にも書き残されていました。 誰が死に、誰が生き延び、何がいまに残ったのか。『駿府記』『本光国師日記』『寛政重修諸家譜』などの史料で、家系図とともにたどります。史料で言えることと、伝承とを分けてお伝えします。 2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・秀長。その兄・秀吉の家は、大坂の陣のあと、どうなったのでしょうか。 ▼この動画でわかること ・秀頼と淀殿の最期:『駿府記』『本光国師日記』に書かれていること、書かれていないこと ・8歳の国松:処刑の日は「暦の吉凶」で決められた ・生き残った娘・天秀尼:千姫に守られ、東慶寺の住持に。縁切寺の寺法と会津の騒動 ・秀頼は薩摩で生きていた?:イギリス商館長の日記、京の歌、谷山の「伝・秀頼の墓」、日出の国松伝説 ・もう一つの豊臣家・木下家:「豊臣氏 木下」、足守藩と日出藩、明治の子爵 ・消された神・豊国大明神:250年あまりの空白と明治の再興 ・秀吉の姉の血・完子:九条家から、いまの皇室へ(系図の研究者の説明) ▼チャプター 0:00 オープニング 1:22 第1章 燃える城の、二日間 5:17 第2章 8歳の国松 7:09 第3章 生き残った娘、天秀尼 10:00 第4章 秀頼は、生きていたのか 13:30 第5章 もう一つの豊臣家、木下家 17:07 第6章 消された神、豊国大明神 19:21 第7章 秀吉の姉の血、完子 21:23 エンディング ▼ご注意 ・和暦の日付は当時の暦、西暦はグレゴリオ暦です。年齢は数え年です(秀頼は数えで23歳、満21歳)。 ・史料の画像は、国立国会図書館デジタルコレクションの近代の翻刻本です。『徳川実紀』『寛政重修諸家譜』は江戸時代の後期にまとめられた記録です。 ・秀頼の生存説・国松が木下延由になったという話は、伝承として紹介しています。 ・完子の子孫が皇室につながるという系譜は、系図の研究者の説明によります。完子は秀吉の姉の孫で、秀吉本人の子孫ではありません。 ・肖像画の中には、本人と伝わる「伝〇〇像」や、後の時代の模写があります。 ・一部の映像は、当時の雰囲気を伝えるために制作したイメージ映像です。 ・大河ドラマの映像・音楽・画像は使っていません。 ▼参考資料(史料) ・『駿府記』(『史籍雑纂』第2、国書刊行会、1911年)国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/pid/1912983/1/158 ・『本光国師日記』(『大日本仏教全書』139)国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/pid/952843/1/217 ・ https://dl.ndl.go.jp/pid/952843/1/222 ・『徳川実紀』(『国史大系』第9巻)国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/pid/991116/1/395 ・『寛政重脩諸家譜』第7輯(巻1183・1184「豊臣氏 木下」)国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/pid/1082721/1/96 ・Diary of Richard Cocks, Cape-Merchant in the English Factory in Japan, 1615–1622(Hakluyt Society、1883年) ▼参考資料(研究・自治体・寺社) ・東慶寺「天秀尼」:https://tokeiji.com/about/person/tens... ・具知會『幕藩権力下の尼寺に関する宗教政治史的研究』(東京大学博士論文) ・文化庁 文化遺産オンライン「東慶寺文書」 ・京都市「いしぶみデータベース」(国松の墓・遷墓碑、豊国神社三百年祭碑) ・鹿児島市教育委員会 谷山地区の史跡案内(伝・秀頼の墓) ・北川央「豊臣秀頼の生存説」(歴史街道、2020年) ・日出町歴史資料館 特集展「知られざる豊臣家の末裔 木下延由」(2021年)、「大名家の近代 木下氏、日出藩主から子爵へ」(2024年) ・岡山市「足守の歴史を彩る人々」、岡山県立記録資料館紀要11(2016年) ・豊国神社(京都)「神社について」、豊國神社(大阪)「由緒」、豊国神社(長浜)「神社について」 ・大和郡山市「歴史年表」、京都国立博物館 特集展示「豊臣秀次」(2024年) ・久保貴子「豊臣完子と徳川将軍家」(『史觀』166、2012年)、宮内庁書陵部「明正天皇口宣案」 ・菊地浩之(系図研究者)の解説(PRESIDENT Online、2026年1月12日) ・国立公文書館 デジタル展示「徳川家康―将軍家蔵書からみるその生涯―」 ▼クレジット 絵(パブリックドメイン): ・豊臣秀次像(地蔵院本の模写、東京大学史料編纂所) ・豊臣秀頼像(東京藝術大学) ・伝豊臣秀頼像(養源院本の模写、東京大学史料編纂所) ・豊臣秀吉像 狩野光信筆(高台寺) ・豊臣秀吉像(アジア美術館、サンフランシスコ) ・豊国祭礼図屏風 狩野内膳筆(豊国神社) ・豊国祭礼図屏風 岩佐又兵衛筆(徳川美術館) ・徳川家康像 狩野探幽筆(大阪城天守閣) ・木下長嘯子像(高台寺本の模写、東京大学史料編纂所) ・小早川秀秋像(高台寺本の模写、東京大学史料編纂所) ・高台院像(高台寺本の模写、東京大学史料編纂所) ・大坂夏の陣図屏風(大阪城天守閣) ・大坂夏の陣図屏風・右隻(大阪城天守閣) ・大坂夏の陣図屏風・左隻(大阪城天守閣) ・大坂夏の陣図屏風・左隻(部分、大阪城天守閣) ・洛中洛外図屏風(舟木本)右隻(東京国立博物館) ・洛中洛外図屏風(舟木本)左隻(東京国立博物館) ・真田信繁像(上田市立博物館) ・千姫姿絵(弘経寺、茨城県常総市) ・天秀尼像(東慶寺) ・伝淀殿画像(奈良県立美術館) ・伝淀君像(養源院本の模写、東京大学史料編纂所) 史料の画像: ・国立国会図書館デジタルコレクション『大日本仏教全書』139(本光国師日記) ・国立国会図書館デジタルコレクション『寛政重脩諸家譜』第7輯 ・国立国会図書館デジタルコレクション『史籍雑纂』第2(駿府記) ・国立国会図書館デジタルコレクション『国史大系』第9巻(徳川実紀) 写真(Wikimedia Commons): ・663highland(CC BY 2.5) ・mariemon(CC BY 3.0) ・Mukai、大分帰省中、Corpse Reviver、KENPEI、Yanajin33、Ktmchi(CC BY-SA 3.0) ・663highland、KKPCW、MomoyamaResearch、Hyppolyte de Saint-Rambert、Naokijp(CC BY-SA 4.0) ・Saigen Jiro(CC0) ・Fg2、Wikimedia Commons(パブリックドメイン) (写真は動画の中で拡大・トリミングして使っています) 地図:Natural Earth(パブリックドメイン) #日本史 #豊臣家 #大坂の陣