豊臣秀吉の子孫はなぜ消えた?8歳の孫は処刑、それでも姉の血は今の皇室に【豊臣兄弟!】
見てわかる日本史
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豊臣秀吉の子孫はなぜ消えた?8歳の孫は処刑、それでも姉の血は今の皇室に【豊臣兄弟!】
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大坂夏の陣で秀頼が自害し、8歳の国松は処刑。秀吉の子と孫の血は、天秀尼の死で途絶えました。
ところが、妻・ねねの実家の木下家は「豊臣」を名乗って明治まで大名として続き、その家には「国松は生きていた」という言い伝えが残ります。
そして秀吉の姉の孫娘・完子の血は、九条家を通って今の皇室へ。系図で天下人の家の四百年をたどります。
目次
0:00 はじめに
1:04 子のいない天下人
3:22 甥・秀次と、三十九人
6:04 夢のまた夢
8:03 8歳の国松と、7歳の娘
10:48 消された神
12:05 ねねの実家、木下家
14:28 国松は生きていた?
16:58 姉の孫娘、完子
20:28 そして今
21:41 まとめ
系図・史実には諸説あります。動画では「史実」と「伝承」を分けてお話ししています。誤りに気づいた方は、コメントで教えてください。
人物のセリフは、史料に残る言葉・伝わる言葉を、ナレーションとは別の声で読み上げたものです(出どころは画面に表示)。
地図:地球地図日本
画像:Wikimedia
#豊臣秀吉 #豊臣秀頼 #家系図