精神科医芳賀がめっちゃむかついたこと。
精神科医 芳賀高浩
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精神科医芳賀がめっちゃむかついたこと。
25 274 просмотра · 5 мес. назад
精神科医 芳賀高浩
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こんばんは。精神科医の芳賀高浩です。
今日は、少し変わった話をしたいと思います。私を批判しているブログを見つけたんですね。普通なら、批判されるというのはあまり気持ちのよいものではありません。腹も立ちますし、なんだこれは、と思うこともあります。
ただ、今回そのブログを読んでいて、思ったことがあるんです。人は、自分に向けられた批判を通して、かえって自分自身のことを理解することがあるのではないか、と。
自己理解というのは、とても大事です。自分が何に怒っているのか。何に違和感を覚えるのか。なぜその言葉が引っかかったのか。そこを丁寧に見ていくと、自分が本当に大事にしているものが見えてくることがあります。
今回、私が見つけたのは、精神科訪問診療を題材にした漫画に関するブログでした。私はその漫画の医療監修に関わっています。訪問精神科医療に光を当てた作品で、もちろん漫画ですからフィクションの要素はあります。ただ、その根っこにあるもの、訪問精神科医療の空気や魂のようなものは、かなりリアルに描こうとしている作品だと思っています。
その漫画について、精神科医を名乗る方がブログで批判を書いていました。内容としては、統合失調症が生育環境によって発症したかのように描かれているのは問題ではないか、という趣旨でした。
もちろん、統合失調症が「育て方のせい」で起こる、という単純な話ではありません。そこは絶対に誤解されてはいけません。統合失調症には体質的な要因が大きく関わりますし、親御さんが「自分の育て方が悪かったからだ」と過剰に自責するような説明は、むしろ有害です。
ただ一方で、では生育環境やストレスがまったく関係ないのかと言えば、それもまた違うと思うんです。体質があり、そこに生活上の負荷、人間関係、家庭内の緊張、社会的孤立、さまざまなストレスが重なって、発症や再燃のきっかけになることは臨床上よくあります。
大事なのは、「親のせいだ」と責めることではありません。そうではなく、その人が置かれてきた環境、今置かれている環境を丁寧に見て、治療の中でどう整えていくかを考えることです。
精神科医療では、環境調整は治療そのものです。薬だけで病気を見るのではなく、家族との距離、生活リズム、安心できる場所、周囲からの刺激、支援者との関係、そういったものを含めて治療を組み立てていく必要があります。
ですから、「生育環境が少しでも関係するように描くのはまずい」と一刀両断するのは、少し違うのではないかと思いました。親を責める話と、環境因子を治療上の視点として見る話は、きちんと分けて考えなければいけません。
そのブログには、医療監修についても書かれていました。医療監修とは、専門家からクレームが入らないように作品を修正する仕事でもある、というような趣旨でした。
私はそこにも違和感がありました。医療監修というのは、専門家から怒られないために角を丸める仕事ではないと思っています。もちろん、医学的に明らかに誤った内容があれば修正する必要があります。しかし、同業者に波風を立てないことが目的ではありません。
むしろ、医療の中には、言いにくいけれど見つめなければいけない現実があります。精神科医療にも、都合の悪い現実があります。今の精神科医療が持っている治療手段は、決して万能ではありません。薬を出せばすべてが解決するわけではありません。支援をつなげればすべてがうまくいくわけでもありません。
それでも私たちは、患者さんと関わり続ける必要があります。そのときに、耳触りのよい言葉だけで現実を覆ってしまうと、かえって患者さんやご家族に届かなくなることがあります。
精神科医療には、どうしても「みんな傷つけないように」「誰も悪くないように」「やさしい言葉で包むように」という傾向があります。それ自体が悪いわけではありません。傷ついている人に、さらに責めるような言葉をぶつけてはいけない。それは当然です。
しかし、現実を見ないまま、ただやさしい言葉だけを並べても、治療にはなりません。現実には、家族関係が病状を悪化させていることもあります。生活環境が症状を固定化していることもあります。本人のこだわりや回避が、治療を難しくしていることもあります。
そこを見ないで、「誰も悪くない」「環境は関係ない」「病気だから仕方ない」とだけ言っていると、治療の入り口を失ってしまうことがあるのです。
そのブログでは、精神科医YouTuberについても触れられていました。精神医学を動画で知ってもらいたいという理由が一番ではないことくらい分かる、というような書き方がされていました。
これにも、強い違和感がありました。
私は、精神医学を動画を通じて知ってもらいたいと思っています。これは本当にそうです。むしろ、それが大きな理由です。
私は内科を約10年やり、その後に精神科を約10年やってきました。内科の考え方と精神科の考え方の両方を経験してきた中で、ずっと感じていることがあります。それは、精神医学はとても分かりにくく語られやすい、ということです。
内科の病気や整形外科の病気は、患者さんにとっても比較的イメージしやすいところがあります。血圧が高い。糖尿病で血糖値が高い。骨が折れている。肺炎で炎症がある。もちろん専門的には難しいことがたくさんありますが、説明の軸は比較的作りやすい。
一方、精神科はそうではありません。うつ病とは何か。統合失調症とは何か。不安とは何か。依存とは何か。発達障害とは何か。薬は何に効いているのか。どこまでが病気で、どこからが性格なのか。どこまで支えるべきで、どこから本人に任せるべきなのか。
こういう問題が、非常に曖昧に語られやすいんです。
精神科の教科書も、患者さんにとっては分かりにくいものが多いと思います。専門家同士の言葉で書かれているので当然なのですが、患者さんやご家族が読んで、すっと理解できるものではありません。
だから私は、精神医学をもう少し内科的に整理したいと思っています。内科的というのは、冷たいという意味ではありません。現象を分ける。原因と結果を整理する。症状と背景を区別する。治療の目的をはっきりさせる。何が分かっていて、何が分かっていないのかを言葉にする。
そういう整理をしたうえで、患者さんやご家族に伝えたいのです。
私がYouTubeで話しているのは、有名になりたいからではありません。ちやほやされたいからでもありません。実際、街を歩いていて声をかけられることもほとんどありませんし、有名人になった実感などまったくありません。
私は日々、普通に診療をしています。患者さんと向き合い、訪問診療をし、家族と話し、薬を調整し、支援者と連携しながら仕事をしています。その中で感じていること、精神科医療の分かりにくさ、精神医学の伝わりにくさを、少しでも整理して伝えたいと思っているだけです。
もちろん、発信にはリスクがあります。批判されることもあります。誤解されることもあります。嫌な言葉を投げられることもあります。それでも、精神医学があまりに分かりにくく語られている現状を少しでも変えたい、という思いがあります。
医療界の中から変えるのは簡単ではありません。医療の世界は、よくも悪くも変化が遅いです。論文が出て、学会で議論されて、ガイドラインに反映されて、現場に届くまでには長い時間がかかります。
もちろん、それは大事なプロセスです。医学は慎重であるべきです。ただ、患者さんやご家族が今困っていることに対して、もう少し早く、分かりやすく届く言葉があってもいいのではないかと思うのです。
だから私は、患者さん側から精神科医療の見え方を変えていきたいと思っています。精神科医が何を考えているのか。薬をどう選んでいるのか。診断をどう見ているのか。どこで悩んでいるのか。何ができて、何ができないのか。
それをきちんと話すことで、患者さんやご家族が精神科医療をもう少し見通しやすくなるのではないかと思っています。
また、ブログでは、顔出しで発信する精神科医についても触れられていました。顔を出していて日常診療に支障はないのか、YouTubeを見て期待を膨らませて受診する患者さんと、まともな治療契約を結べるのか、というような指摘です。
これについても、私はあまり大きな問題だとは思っていません。
もちろん、過剰な期待を持って受診される方には注意が必要です。それはYouTubeに限りません。紹介状を見て期待されることもありますし、口コミを見て期待されることもあります。有名病院だから、専門医だから、テレビに出ていたから、という理由で期待が膨らむこともあります。
しかし、どれだけ期待されても、医師ができることには限界があります。こちらがやるべきことは、淡々と診察し、評価し、治療方針を説明し、できることとできないことを伝えることです。
期待が大きい患者さんがいたとしても、その期待に迎合する必要はありません。過剰に拒絶する必要もありません。ただ、現実的な治療関係に戻していけばよいのです。
医師患者関係には、たしかに非対称性があります。医師の方が医学知識を持っている以上、完全に対等にはなりません。ただ、それは精神科だけの話ではありません。がん治療でも、心不全治療でも、糖尿病治療でも同じです。
大事なのは、その非対称性を乱用しないことです。医師が上に立って支配するのではなく、知識を持っている側として責任を果たしながら、患者さんが自分の治療を理解し、選べるように支えることです。
今回、ブログを読んで、私はかなり腹が立ちました。率直に言えば、決めつけられている感じがしたからです。「精神科医YouTuberは本当は有名になりたいのだろう」「ちやほやされたいのだろう」と言われると、違う、そうではない、と強く思いました。
ただ、そこで少し立ち止まって考えたんです。なぜ、こんなに腹が立つのか。
人は、図星を突かれたときに怒ることがあります。では私は、本当は有名になりたいのか。ちやほやされたいのか。そう自分に問い直してみました。
しかし、考えてみても、やはりそこではないと思いました。私は今の生活で十分満たされています。診療をして、患者さんと関わり、自分の本を書き、発信をしている。それで十分です。
では、何に怒っているのか。
おそらく私は、精神科医療の分かりにくさ、曖昧さ、言葉の通じにくさに、ずっとモヤモヤしているのだと思います。そして、そのブログには、私が日頃から違和感を持っている精神科医療の分かりにくさが凝縮されていたのだと思います。
独自の言葉を使う。何となく分かったようなことを言う。現実を見ているようで、結論を避ける。やさしさのような言葉で包みながら、実際には患者さんやご家族が何をすればいいのかが見えなくなる。
そういう精神科医療のあり方に、私はずっと違和感を持ってきたのだと思います。
そう考えると、批判されたことにも意味がありました。腹は立ちましたが、その怒りをたどることで、自分が何を大事にしているのかが少し見えました。
私は、精神医学を分かりやすくしたいのです。精神科医療を、もう少し見通しのよいものにしたいのです。現実を見ないやさしさではなく、現実を見たうえで患者さんを支える言葉を作りたいのです。
批判は、つらいものです。けれども、自分がなぜそこに反応したのかを見ていくと、自己理解につながります。今回のブログは、私にとってそういう材料になりました。
これからも私は、精神科医療について発信を続けていきます。分かりにくいものを、できるだけ分かりやすく。曖昧なものを、できるだけ整理して。患者さんやご家族が、自分の置かれている状況を少しでも理解しやすくなるように。
そのために、これからも話し続けていきたいと思います。