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ダウエルはなぜ消えた?|4万5000円の12センチ反射望遠鏡と、50点の接眼レンズと、99年目の夏

あの会社はなぜ消えた?

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ダウエルはなぜ消えた?|4万5000円の12センチ反射望遠鏡と、50点の接眼レンズと、99年目の夏

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あの会社はなぜ消えた?
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1970年代のはじめ。ひとりの中学2年生が、4万5000円で天体望遠鏡を買いました。口径12センチの反射。同じころ、名の通ったメーカーの10センチは5万円以上でした。口径が大きくて、5000円以上安い。少年は迷いませんでした。 その望遠鏡に付いていた名前が、ダウエル。東京・本郷、東大の赤門の前で1920年代に始まった、株式会社成東商会のブランドです。成るに東と書いて、せいとう商会と読みます。 デパートにもカメラ屋にも望遠鏡の専門店にも、この会社の製品は置かれていませんでした。あったのは、雑誌の広告の中だけです。 ▼ チャプター 0:00 イントロ 0:55 4万5000円の、望遠鏡 3:04 赤門前の、小さな店 5:29 7ページの、全盛期 7:42 安心という、言葉 9:47 50点という、判定 12:01 木星の、縞模様 14:01 父親が、電話に出ると 16:17 3倍、ずれていた 18:33 広告が、1ページになった 21:14 憎さ余って、可愛さ百倍 1932年に出したオリオン望遠鏡は、鏡筒だけなら2円。卓上三脚付で2円30銭、アクロマートレンズ付きでも5円50銭でした。大企業の初任給が70円、五藤光学のオリオン号が15円だった時代です。安く、たくさん。のちの広告では「全世界に200万台以上販売」と自ら書いています。 1974年、天文ガイド誌に出した広告は7ページに及びました。見出しは「創業50周年」。ところがこの会社は1966年の広告で「創業44年」と書いており、そこから数えると1974年は52年目にあたります。以降の広告は、この1974年の50周年を起点に年数を書いていくことになります。 広告には独特の言い回しが並びました。「光学製品は、親、子、孫三代で買求められた最も信用ある本社への御注文が一番安全です」「当社の製品は永久保証付きですから安心して使用されます」「類似品あり、当社の製品は絶対安心して求められます」。ただし「本邦最古の専門メーカー」は言い過ぎで、日本光学の創業は1917年です。 1968年12月号の天文ガイド誌で、東京天文台の冨田氏が9センチ反射経緯台をテストしています。鏡については「星像が感心しません」、土星の環は「なにか他の星と違う形をしていることが分かるだけ」。付属の接眼鏡には「ひとことで言えば50点以上は差し上げられません」。自社に毎月広告を出している会社の商品を、同じ雑誌がそう書きました。 2023年、ある愛好家がダウエルの接眼鏡8本を測っています。HM40mmは実焦点距離がおよそ13mm。表記から3倍ずれていました。ただしオルソス4mm(4,000円)だけは別格で、一流品と比べても優劣がつかなかったそうです。この1本にだけ、ダウエルのロゴが入っていませんでした。 ■ 消えたのは「ブランド」です 倒産・解散の記録は見つかりませんでした。1983年に広告が1ページになり、1990年前後に創業者が亡くなり、2000年ごろにはほぼ業務を終え、2013年に2代目が亡くなって店が閉じられた、という記録が残っているだけです。そして2023年、少年時代にこの望遠鏡を買った白川博樹さんが、親族に頼んで商標を取り、ブランドを復活させました。その白川さんは2026年8月14日に亡くなっています。ご本人がまとめた年表で数えると、その日はダウエルの創業から99年と1か月1日目にあたる日でした。 高評価とチャンネル登録をしていただけると、次の動画を作る励みになります。 毎日18時に新しい動画を公開しています。 #ダウエル #成東商会 #天体望遠鏡 #望遠鏡 #天文ガイド #昭和レトロ #古スコ #反射望遠鏡 #接眼レンズ