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今川義元の家はなぜ滅びなかった?桶狭間で討たれ9年で国を失った名門が、明治まで続いた理由

見てわかる日本史

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今川義元の家はなぜ滅びなかった?桶狭間で討たれ9年で国を失った名門が、明治まで続いた理由

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1560年、桶狭間で織田信長に討たれた今川義元。跡を継いだ息子・氏真は、武田信玄と徳川家康に攻められ、わずか9年で国を失いました。 氏真を迎えたのは、かつて今川の人質だった家康。父の仇・信長の前で蹴鞠を見せた氏真の子孫は、朝廷との儀式を担う「高家」として江戸幕府に仕え、義元のひ孫は家康をまつる「東照宮」の名を朝廷から取りつけます。 幕末、最後の当主は高家から若年寄となり、徳川家のために動きました。系図でたどる、討たれた大名の家の三百年あまり。 目次 0:00 はじめに 1:21 海道一の弓取り 3:31 桶狭間の一日 5:52 9年で国を失う 8:31 父の仇の前で 11:02 義元のひ孫と東照宮 13:39 最後の今川 15:55 そして今 17:13 まとめ 系図・史実には諸説あります。動画では「史実」と「伝承」を分けてお話ししています。誤りに気づいた方は、コメントで教えてください。 人物のセリフは、史料に残る言葉・伝わる言葉を、ナレーションとは別の声で読み上げたものです(出どころは画面に表示)。 地図:地球地図日本 画像:Wikimedia #今川義元 #今川氏真 #桶狭間の戦い