秀吉の妹・朝日姫はなぜ44歳で家康に嫁いだ?夫と別れた花嫁と、人質に出された母【豊臣兄弟!】
見てわかる日本史
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秀吉の妹・朝日姫はなぜ44歳で家康に嫁いだ?夫と別れた花嫁と、人質に出された母【豊臣兄弟!】
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1586年5月、浜松に150人あまりの花嫁行列が着きました。花嫁は豊臣秀吉の妹・朝日、44歳。花婿は2年前に秀吉と戦った徳川家康、45歳です。
朝日にはそれまで夫がいました。前の夫は誰だったのか、なぜ別れたのか。小牧・長久手で負けなかった家康を、秀吉はどうやって大坂へ来させたのか。妹の次に差し出したのは、実の母・大政所でした。
駿河御前と呼ばれた朝日の4年足らずと、その寺が徳川将軍家の位牌を守る寺になるまでを、系図と地図でたどります。
目次
0:00 はじめに
1:23 秀吉の妹
3:13 前の夫は誰か
5:36 負けなかった家康
8:09 44歳の花嫁
10:51 母まで差し出す
12:46 駿河御前の4年
14:55 そして今
16:46 まとめ
系図・史実には諸説あります。動画では「史実」と「伝承」を分けてお話ししています。誤りに気づいた方は、コメントで教えてください。
人物のセリフは、史料に残る言葉・伝わる言葉を、ナレーションとは別の声で読み上げたものです(出どころは画面に表示)。
地図:地球地図日本
画像:Wikimedia
#朝日姫 #旭姫 #豊臣兄弟