徳川将軍家の血はなぜ8歳で途絶えた?それでも今の当主が“家康の子孫”と言える理由
見てわかる日本史
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徳川将軍家の血はなぜ8歳で途絶えた?それでも今の当主が“家康の子孫”と言える理由
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260年続いた将軍の家。2代秀忠から続いた本家の血は、1716年、数え8歳の7代将軍・家継の死で途絶え、家康が用意した御三家の紀州から吉宗が迎えられました。
兄に流された六男・忠輝が許されたのは死後300年の1984年。孫娘・和子の娘は859年ぶりの女性天皇に。明治に家を継いだのは慶喜ではなく6歳の家達でした。
そして今の徳川宗家は、会津藩主・松平容保の男系の子孫で、薩摩の島津の血も引いています。系図で徳川家の四百年をたどります。
目次
0:00 はじめに
1:04 十一人の息子
3:05 神になった家康
4:50 流された六男
6:22 天皇の母になった孫娘
7:51 本家の血が途絶えた日
9:50 最後の将軍
10:49 6歳の十六代様
12:21 静岡の慶喜
13:40 そして今
15:48 まとめ
系図・史実には諸説あります。動画では「史実」と「伝承」を分けてお話ししています。誤りに気づいた方は、コメントで教えてください。
人物のセリフは、史料に残る言葉・伝わる言葉を、ナレーションとは別の声で読み上げたものです(出どころは画面に表示)。
地図:地球地図日本
画像:Wikimedia
#徳川家康 #徳川家 #家系図