硫黄島の戦いはなぜ36日も続いたのか|栗林忠道と18キロの地下要塞
戦場の地図帳
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硫黄島の戦いはなぜ36日も続いたのか|栗林忠道と18キロの地下要塞
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1945年2月、硫黄島の戦い。アメリカ軍の指揮官は、東京の南に浮かぶこの小さな島を、10日ほどで取れると見ていました。
迎え撃つのは栗林忠道中将が率いる日本軍およそ2万1千、攻め寄せる海兵隊はおよそ7万。それでも、実際にかかったのは36日。その理由は、地図の上ではなく、地図の下にありました。
太平洋戦争の激戦「硫黄島の戦い」(1945年2月19日〜3月26日)を、動く地図でわかりやすく解説します。
アメリカがこの島を求めた理由、映画『硫黄島からの手紙』でも知られる栗林中将が水際作戦を捨てて掘らせた全長18キロの地下壕、黒い火山砂の浜への上陸、摺鉢山の星条旗、元山飛行場の戦い、「肉挽き器」と呼ばれた島の北東部の戦い、そして訣別電報と辞世「散るぞ悲しき」まで。
後半では、10日の予想がなぜ36日になったのかを、3つの理由から地図で読み解きます。
▼目次
00:00 オープニング:予想は10日、実際は36日
00:35 硫黄島はなぜ重要だったのか
01:22 硫黄島という島(摺鉢山・元山・島民の強制疎開)
02:07 栗林忠道中将、水際作戦を捨てる
02:48 18キロの地下要塞
03:41 アメリカ軍の計画:砲撃は3日、予想は10日
04:04 上陸:黒い火山砂の浜
04:56 摺鉢山の星条旗、まだ5日目
05:40 元山飛行場と「肉挽き器」
06:53 島の北へ:二つに分断された日本軍
07:22 訣別電報「散るぞ悲しき」と最後の攻撃
08:31 日米の損害
09:08 なぜ10日が36日に? 3つの理由
11:14 戦いのあと:返還、帰らない遺骨、名誉の再会
12:17 エンディング