徳川家康は、秀吉の中入りをどう見破ったのか|小牧・長久手 2万4千の軍勢を一晩で追った地図【1584】
地図で追う日本史
0:00 / 0:00
徳川家康は、秀吉の中入りをどう見破ったのか|小牧・長久手 2万4千の軍勢を一晩で追った地図【1584】
418 просмотров · 6 дн. назад
地図で追う日本史
40 подписчиков
418 просмотров · 6 дн. назад
秀吉が送り出した二万四、五千の中入りの軍勢は、なぜ一日で崩れたのか。家康は、いつ、この動きに気づいたのか。
史料と研究をもとにした歴史の解説です。人物の顔と挿絵は想像図です。最後の章は、史実をもとにした「もしも」の検証です。
天正12年(1584年)春、羽柴秀吉と徳川家康は、尾張の小牧山と楽田で向き合いました。秀吉は自分の手紙に、兵を送り出し、途中の砦の普請まで命じ、大きな網を張って家康を囲む、と書いています。秀吉が仕掛けた中入りと、家康の察知と追撃を、地図の上で一日ずつ追います。白山林・桧ヶ根と、仏ヶ根の決戦は、地形を立体の地図にして見ています。
最後の章では、4月8日の夜を分かれ道に、「もしも家康が気づくのが遅れていたら」を盤面で試します。
0:00 序 長久手の丘と、地図をはさむ二人
2:23 第一章 動けない盤面
5:55 第二章 中入り
10:56 第三章 察知
15:30 第四章 追撃
19:26 第五章 長久手
24:02 第六章 勝ったのに
26:49 第七章 もしも、家康が気づくのが遅れていたら
30:24 結び 一晩の早さ
31:27 エンディング
主な出典
・東京大学史料編纂所編『大日本史料』第十一編之五〜十(家忠日記・兼見卿記、秀吉・家康・信雄の書状、フロイスの報告、当代記・太閤記・長久手戦話ほかの記録)
・水野智之「小牧・長久手の戦いと春日井」『郷土誌かすがい』第74号(春日井市教育委員会)
・藤田達生「小牧・長久手の戦いと羽柴政権」『愛知県史研究』13号(2009年)
・長久手市・尾張旭市・小牧市・春日井市・日進市・名古屋市守山区の史跡の資料
・地形:AWS Terrain Tiles 国境:国土数値情報(国土交通省)
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描かれた、小牧・長久手の戦いの史実です。
(NHKおよび番組とは関係のない、個人の歴史解説です)
もしあなたが小牧山の家康だったら、この夜、どこに網を張ったでしょうか。次に見たい大名や合戦、試してほしい「もしも」を、コメントで教えてください。
#徳川家康 #小牧長久手の戦い #羽柴秀吉