秀吉の天下統一を“最後の敵”北条氏政視点で解説してみた。【小田原評定の真実】
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秀吉の天下統一を“最後の敵”北条氏政視点で解説してみた。【小田原評定の真実】
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秀吉の天下統一を“最後の敵”北条氏政視点で解説してみた。【小田原評定の真実】
「長引いて、なかなか結論の出ない会議」=小田原評定。その言葉のもとになった、と言われる北条家の“御隠居”北条氏政は、20万を超える秀吉の大軍に最後まで逆らい、「戦国の愚か者」と呼ばれてきました。
でも、なぜ彼は、勝てない相手に頭を下げなかったのか。偉大すぎる父・氏康、上杉謙信と武田信玄を籠城で追い返した2連勝、家康という親戚の味方、引き延ばし続けた上洛、名胡桃城、一夜城――北条の側から、時系列で。
■チャプター
0:00 なぜ氏政は秀吉に頭を下げなかったのか
0:47 偉大すぎる父
2:08 12歳の花嫁
3:18 籠城、2連勝
5:04 隠居なのに、社長
6:23 京都へ来い
8:46 20万の大軍
11:09 開城
12:31 勝敗表
13:05 答え
※本動画は史料・研究書・自治体や博物館の資料をもとに構成しています。諸説あるものはその旨を示しています。
※人物の会話(吹き出し)は演出(創作)です。
※汁かけ飯の話は江戸時代の小話の本(『武者物語』1656年)が確認できるいちばん古い出典で、同じ型の話が毛利家にもあり、作り話の可能性が高いとされます。一夜城・伊達政宗の白装束も伝承です。
※「何も決まらない会議」という小田原評定の意味は、江戸時代の軍記(『関八州古戦録』など)から広まったもので、記録に残る籠城中の会議はどちらも結論を出しています。
※年齢は数え年です(氏政の生年は1538年説)。
参考:
・黒田基樹『北条氏政 乾坤を截破し太虚に帰す』ミネルヴァ書房 2018
・黒田基樹『小田原合戦と北条氏』吉川弘文館 2013
・黒田基樹『戦国北条氏五代』戎光祥出版 2012
・黒田基樹『戦国北条家の判子行政』平凡社新書 2020
・黒田基樹・浅倉直美編『北条氏康の子供たち』宮帯出版社 2015
・下山治久『小田原合戦 豊臣秀吉の天下統一』角川選書 1996
・小田原市「新・北條五代記」(小和田哲男) www.city.odawara.kanagawa.jp/encycl/neohojo5/
・国立国会図書館「北条氏直宛豊臣秀吉条目 天正17年11月24日」 ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000094-I222755
・文化遺産オンライン「太刀 無銘一文字(名物 日光一文字)」 online.bunka.go.jp/heritages/detail/188866
・コトバンク「北条氏政」 kotobank.jp/word/北条氏政
画像: Wikimedia Commons ほか(各画面の右下に出典・ライセンスを表示)。
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・"Conch shell" David Bolton(Wikimedia Commons)/ CC BY 2.5
#北条氏政 #小田原征伐 #豊臣兄弟