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【洋楽和訳|(アマリリス)Amaryllis】ギリシャに由来するアマリリスの伝説を描いてみました

Lyrapensiero

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【洋楽和訳|(アマリリス)Amaryllis】ギリシャに由来するアマリリスの伝説を描いてみました

227 просмотров · 10 дн. назад
Lyrapensiero
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ギリシャに由来するアマリリスの伝説を描いてみました。 伝説では、少女は自分を傷つけるけど。 まぁ、傷なんて、目には見えなくても、 傷つくことってあるでしょ。 このあたりは、心理学で言うと複雑になっちゃいますけどね。 ひとまず、そこは置いといて。 この物語は、 同じ行動でも、その目的をどう仮定するかで、 献身にも狂気にも執着にも自己表現にも見える。 わたしは自己表現で捉えてます。 伝説だし。 仮に少女が、少年を振り向かせることだけを目的に、自分を傷つけ続けたのだとしたら。 その行動は、少年の反応に依存してしまう可能性がある。 少年が振り向けば成功。 振り向かなければ失敗。 自分の行動の意味まで、 相手の反応で決まってしまう構造。 でも、わたしは少し違う見方をしたんですよ。 最初は少年のためだったかもしれないし、 自分のためだったのかもしれない。 そこは分からない。 ただ、少年を見ていた少女が、 花を咲かせようとする過程で、 自分自身を見るようになったのかもしれない。 何を望んでいるのか。 なぜそこまでしたいのか。 自分は何を表現したいのか。 何度も自分に問いかけ、行動していくうちに、 それまで見えていなかった自分が、見えてきたのかもしれない。 そして、花が咲いた。 そうなると、少年に振り向いてもらえるかどうかは、必ずしも最終的な目的ではなくなる。 ただし、ここは一つ区別が必要でもあって。 自己理解が深まることと、 自分を傷つける行動が健全であることは別😅ですよ。 自分を見つめたからといって、 どんな手段でもよくなるわけではない。 でも、恋愛の構造としてはって話。 相手に関心を持つ。 相手のために何かをしたいと思う。 実際に行動する。 その過程で、自分自身も見つめる。 そして、相手の反応は相手のものとして尊重する。 相手を好きになることが、 自分を見失うことではなく、 自分を知るきっかけにもなる。 だから、今回のアマリリスは、単に「少年を振り向かせるために花を咲かせた少女」の話ではなくなるんですよね。 あと、最後。 少年の目に映ったのは、 彼女だったのかな。 そう思っちゃったんですよね。 少女はそれを願ってるかもしれない。 だけど、そんなこと、気にもしないかもしれない。 分からないんですけどね。 けど、気にもしないが正解かもしれないな。 実際、自分だったら? そこまでして、それなら、 もう気にもならないかも。 そう思えたんですよ。 それほどに、何か訴えたかったのかと思ったらですよ。 そして少年にも、少女が咲かせた花を通して、 少女を見る可能性が生まれる。 互いを見ていないようで、見ている。 けれど、互いの内面まで理解しているとは限らない。 だから、どっちも自分が動いた。 そう思ったんですよ。 二人が同じ気持ちになったという意味ではなくて、それぞれが自分の関心や意思によって動いた。 この瞬間に恋愛が成就したという意味でもなくて、二人がそれぞれの意思で動いた先に、 まだ分からない可能性があるということ。 だから、ここから始まるんじゃないのかな。 あと、花言葉には「おしゃべり」があるんだけど、この曲ではあえて、自己対話にしてます。 曲も、 とんがったのばっかり作ってたら 休みたくなったという話。笑