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【浅井三姉妹】なぜ次女・初は砲弾の降る大坂城へ入ったのか?豊臣と徳川に引き裂かれた姉妹のその後

世界史クロニクル

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【浅井三姉妹】なぜ次女・初は砲弾の降る大坂城へ入ったのか?豊臣と徳川に引き裂かれた姉妹のその後

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幼い日に小谷城と北ノ庄城の二つの炎をくぐり抜け、「必ず生き延びよ」という母・お市の方の言葉とともに生き残った浅井三姉妹(茶々・初・江)。 しかし時代が豊臣から徳川へと移り変わる中、長姉の茶々は大坂城の頂点に立ち、末の妹の江は徳川2代将軍・秀忠の正室となり、さらに江の娘である千姫が7歳で大坂城へ嫁いだことで、姉妹は最も残酷な形で敵と味方に引き裂かれていきました。 本動画では、豊臣の母でも徳川の母でもなかった「真ん中の姉」初(常高院)の視点から、慶長5年(1600年)の大津城籠城戦、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣における和平交渉、そして慶長20年(1615年)の大坂落城と「その後」の救出劇までを史料に基づいてたどります。 主な参考史料・文献 ・『当代記』『駿府記』『徳川実紀(台徳院殿御実紀)』 ・『関原軍記大成』 ・『東慶寺文書』『常高寺文書』 ・福田千鶴『淀殿』『江の生涯』『浅井三姉妹』 ・宮本義己『誰も知らなかった江』 #浅井三姉妹 #常高院 #大坂の陣 #日本史 #戦国時代 #世界史クロニクル