武田信玄が「家柄を問わず取り立てた」家臣ベスト5
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武田信玄が「家柄を問わず取り立てた」家臣ベスト5
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名門の出身でなくても、他国の浪人でも、百姓の子でも、信玄は重い役目を任せました。武田家の前線や城を支えた家臣たちは、どのように登用され、その後どこで働いたのでしょうか。
今回は馬場信春、原虎胤、真田幸隆、山本勘助、高坂昌信を、取り立てられる前の立場が高い順に紹介します。名跡の継承、土地を約束する書状、城代への任命から、信玄の人材登用をたどります。逸話や軍記物に由来する話は、伝承として紹介します。
【今回取り上げる5人・5つの家】
■第5位 馬場信春
武川衆の教来石氏から、途絶えた名門の馬場氏を継いだ信春。深志や牧之島などの前線を任され、築城にも携わりました。信玄没後には勝頼を支え、長篠で殿を務めて戦死したと伝わる最期までを追います。
■第4位 原虎胤
下総の原氏から甲斐へ来て、信虎・信玄の二代に仕えた足軽大将。平瀬の城主を任され、主君の出家に続いて自身も頭を丸めました。数多い感状や傷の伝承と、割ケ岳で重傷を負い川中島へ出陣できなかった経緯を紹介します。
■第3位 真田幸隆
武田信虎らの連合軍によって故郷を追われた幸隆が、その息子の信玄に仕える側へ。土地を約束した書状、砥石城攻略による真田郷の回復、岩櫃と吾妻地方の経営から、失った地を取り戻した働きを見つめます。
■第2位 山本勘助
三河の浪人だったと伝わる勘助は、板垣信方の推薦で召し抱えられました。使者、吉凶を占う仕事、海津城の縄張りを任されたという足跡を紹介します。実在を示す書状と、後世の軍記に描かれた軍師像を区別してたどります。
■第1位 高坂昌信
石和の豪農の子から近習、使い番、足軽大将へ。やがて上杉勢と向き合う海津城代を任されました。最前線を守った役目と、主君の教えを記し、のちの『甲陽軍鑑』のもとになったとされる記録を紹介します。
城を預ける、名を継がせる、土地を約束する。5人に与えられた仕事と待遇から、信玄が家臣の働きをどう用いたのかを見つめます。
皆さんが最も気になった家臣は誰でしたか。今後取り上げてほしい人物も、コメントで教えてください。
【目次】
0:00 オープニング
0:54 第5位 馬場信春──名門の名をもらった男
4:30 第4位 原虎胤──主君と一緒に頭を丸めた
8:11 第3位 真田幸隆──追い出した側に仕えた
12:03 第2位 山本勘助──よその国の浪人
15:05 第1位 高坂昌信──百姓の子に預けた城
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