なぜゲームボーイの画面は白黒だったのか【ゆっくり解説】
手でさわったデジタル史
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なぜゲームボーイの画面は白黒だったのか【ゆっくり解説】
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手でさわったデジタル史
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#ゲームボーイ #ゆっくり解説 #平成レトロ
実家の引き出しに眠っている、あの灰色のゲームボーイ。なぜ画面は白黒だったのか、答えられますか。
多くの人が「カラー液晶がまだ無かった時代だから」と思っています。逆でした。1年半後にはセガから4096色カラー液晶のゲームギアが19,800円で出ています。それでも先に市場から去ったのはカラーのほうで、セガ公式は「残念ながらその後継機の発売は行いませんでした」と書いています。
分かれ目は電池でした。任天堂の公式仕様でゲームボーイは単3アルカリ乾電池4本で約35時間、消費電力約700ミリワット。セガの公式仕様でゲームギアは単3アルカリ乾電池6本で約3〜4時間、約3ワット。セガ自身が「省電力化には苦労し」と公式記事に書き残しています。同じ35時間を遊ぶと、電池4本と約60本。子どもの小遣いが勝負を決めました。
白黒は妥協ではなく、横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」(1997年『横井軍平ゲーム館』)による選択でした。1980年のゲーム&ウオッチが電卓と同じチップで作られたことは、任天堂公式インタビューに証言が残っています。
結果はハード1億1,869万台、ソフト5億111万本(任天堂IR)。ファミコン6,191万台の2倍近くです。9年半後のゲームボーイカラーも単3電池2本で約20時間、バックライトなし。色は解禁しても、燃費は譲りませんでした。
遠足のバスで電池が切れた方、通信ケーブルで対戦や交換をした方は、コメントで教えてください。
▼目次
0:00 物置きから出てきたゲームボーイ
1:50 1989年4月21日、DMG-01という機械
2:58 1万2,500円という値段
3:52 白黒4階調という画面
4:54 「カラーがまだ無かった」は本当か
5:56 1990年10月6日、セガのゲームギア
7:01 例え話 — 同じタンクを積んだ2台の車
7:50 35時間対3〜4時間
8:43 700ミリワット対3ワット
9:39 同じ35時間で、電池4本と60本
10:36 セガ自身が書き残した「苦労」
12:09 予備タンク大作戦
13:08 テレビにもなった — TVチューナーパック
14:04 横井軍平という人
14:56 1980年のゲーム&ウオッチ — 中身は電卓
15:54 72個のマスで絵を描く
16:56 新幹線の電卓という逸話
17:50 枯れた技術の水平思考(1997年)
18:59 ゲームボーイは水平思考の塊だった
19:56 ヘッドライトが無い、が武器になる
21:07 1989年6月14日、テトリス
22:17 本体の横の穴 — 通信ケーブル
23:19 ライバルたちのその後
24:39 1996年、ポケモンと7年目の逆転
25:35 ポケット、ライト、そしてカラー
26:57 カラーになっても譲らなかったもの
28:03 決算 — 1億1,869万台と6,191万台
29:15 なぜゲームボーイの画面は白黒だったのか
このチャンネルでは、かつて自分の手で触った機械の「なぜ」を技術の裏側から解説しています。
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音声: VOICEVOX(ずんだもん / 四国めたん)
BGM:「2:23 AM」/ しゃろう(DOVA-SYNDROME)
立ち絵: こぎの式ずんだもん立ち絵ver2 / 大淀久明・四国めたん立ち絵素材(ガイドライン準拠のフリー素材)
図解は当チャンネルで作成。実物写真はPD/CC0のみ。東方Projectの素材は不使用。
#任天堂 #横井軍平 #ゲームギア #レトロゲーム #ずんだもん