エサは手つかずだった|南極物語の実話 タロとジロは何を食べて生きたのか
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エサは手つかずだった|南極物語の実話 タロとジロは何を食べて生きたのか
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1958年2月、南極の昭和基地に、15頭のカラフト犬が鎖につながれたまま残されました。1年後、2頭が生きていました。タロとジロです。映画『南極物語』(1983年)の題材になったこの出来事を、国立極地研究所の記録、越冬した隊員の報告、第3次越冬隊の調査(1963年の論文)で読み、南極の地図の上で再現します。
映画を見たことがない方にも分かるように、南極観測隊とは何か、なぜ犬ぞりだったのかから説明しています。なぜ犬は鎖のまま残されたのか。なぜ2頭だけが生き延びられたのか。残りの13頭はどうなったのか。資料によって違う数字は、違うまま並べています。
▼ 目次
0:00 オープニング(1分で分かる南極物語)
2:27 第1章 敗戦国が南極を目指した
3:35 第2章 22頭のカラフト犬
4:45 第3章 昭和基地と犬ぞりの1年
6:15 第4章 宗谷、氷に閉じこめられる
8:02 第5章 15頭を残した理由
9:22 第6章 1959年1月14日
10:40 第7章 2頭は何を食べていたのか
12:11 第8章 その後
13:12 エンディング
▼ この動画で分かること
・「敗戦国に資格なし」と言われた日本が、南極観測に加わるまで
・宗谷が氷に閉じこめられ、基地まで約110kmまでしか近づけなかったこと
・小型機の最後の1便と、15頭が鎖のまま残された理由
・再会の本当の様子(映画との違い)と、15頭の運命(生存2・鎖のまま死亡7・行方不明6)
・残したエサは手つかず、体重もほとんど変わらなかった――2頭は何を食べていたのか
・1968年に見つかった「第3の犬」と、タロ・ジロのその後
▼ 主な出典
・国立極地研究所「南極観測のあゆみ」の展示・記録(カラフト犬の一覧と運命、寄付の名簿 ほか)
・菊池徹・北村泰一の犬ぞりの報告(『南極資料』、1958年記・1960年刊、英文)
・芳賀良一の論文(1963年、第3次越冬隊の調査をもとにしたカラフト犬の報告)
・第1次・第2次南極地域観測隊の行動報告(『南極資料』)
・稚内市、北海道大学、国立科学博物館の資料
・北村泰一ほか『その犬の名を誰も知らない』(2020年)の紹介記事
・映画:蔵原惟繕監督『南極物語』(1983年)
※ 地図は衛星写真の上に自作した略図です。航路・宗谷の位置は当時の報告の緯度経度をもとにしたおおよそのものです。「再現イメージ」と表示した写真風の絵は、実際の場面の記録ではありません。
※ 衛星画像:NASA Blue Marble(公有)/地図:Natural Earth(公有)
※ 写真:今の宗谷(natto・パブリックドメイン)、タロとジロを見つけたヘリ S-58 JA7201(Michael Voss/CC BY-SA 4.0)、砕氷艦バートン・アイランド(1947年・米海軍・公有)、カラフト犬の犬ぞり(サハリン、1895年ごろ・公有)、ジロのはく製(武藏/CC BY-SA 3.0)、サムネイルの南極の氷山(NASA・公有)、いずれも Wikimedia Commons
※ 報告書の文面は日本語訳(要旨)です。
※ 映画の映像・写真は使っていません。図・BGM・効果音はオリジナルです。
※ 特定の人を責めたり、たたえたりするための動画ではありません。
#南極物語 #タロとジロ #昭和基地