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密入国したアメリカ人を、なぜ幕府は処刑せず、牢の中で英語の先生にしたのか(1848年・長崎)

カイの歴史のしくみ解剖

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密入国したアメリカ人を、なぜ幕府は処刑せず、牢の中で英語の先生にしたのか(1848年・長崎)

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カイの歴史のしくみ解剖
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#歴史 #歴史解説 #漂流 #江戸時代 #長崎 密入国したアメリカ人を、なぜ幕府は処刑せず、牢の中で英語の先生にしたのか。一八四八年の七月、利尻島の浜に、一人乗りのボートが流れ着きました。乗っていたのはラナルド・マクドナルド、二十四歳。アメリカの捕鯨船から自分の意志で降り、島の沖でわざと船を転覆させて、遭難者として日本に入った男です。二十三年前の法では、近づく外国船は撃てと決まっていました。 ところが彼は、利尻、宗谷、松前、長崎と送られるあいだ、一度も殴られず、一度も裁かれていません。長崎では崇福寺の末寺、大悲庵の格子の中に入れられ、そこへ十四人の阿蘭陀通詞が交代で通い、英語の本を声に出して読んで、発音を直してもらいました。一八〇八年のフェートン号事件以来、長崎の通詞は英語を読めても、話せるかどうかを確かめる相手が国の中にいませんでした。同じ年、同じ法の下で日本に入った捕鯨船ラゴダ号の十五人は、松前で壁に穴をあけて逃げ、檻に入れられ、二人が長崎で死にました。 この動画は、マクドナルド本人の手記(一八八〇年代に執筆、一九二三年刊、ルイスと村上直次郎の注釈つき)、グリン艦長の報告をもとにしたオノラトの論文、森山栄之助の伝記資料にもとづいて、法律と、漂流民という箱と、ふるまいと、通詞の側の必要がどう重なったのかを、一つずつ見ていきます。 ▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬ 0:00 牢の中の英語教師 0:20 撃つ法と水の法 1:27 漂流民という箱 2:25 わざと沈めた男 4:08 利尻沖の転覆 5:14 五つの駅 6:29 松前の壁の穴 7:38 長崎の門 8:27 踏み絵 9:58 大悲庵の四畳 10:41 読めるが話せない 12:39 牢の教室 13:47 森山栄之助 15:08 ラゴダ号の十五人 16:55 プレブル号 18:47 出島から船へ 19:31 そのあと 20:49 四つがそろった ▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬ 一八四八年、もしあなたが長崎奉行所の通詞だったら、格子の向こうの男に、最初に何を読んでもらいますか。コメントで教えてください。 ▶ 再生リスト:しくみ解剖シリーズ 🔔 チャンネル登録していただけると、次回の解剖が届きます。 歴史の「どうやって?」を、しくみから解剖する。 ▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬ 【出典・参考資料 / Sources】 ■ 一次資料 Ranald MacDonald, The Narrative of his early life on the Columbia under the Hudson's Bay Company's regime... and of his great Adventure to Japan, ed. W. S. Lewis & 村上直次郎 (1923) https://archive.org/details/ranaldmac... Message of the President... correspondence relative to the naval expedition to Japan (U.S. Senate, 1855) https://archive.org/details/cu3192402... ■ 研究・論文 Michael P. Onorato, "The Opening of Japan 1849-1854: America Finds the Key", Asian Studies 6(3), 1968 https://asj.upd.edu.ph/mediabox/archi... 結城大佑「森山多吉郎」『三田評論』福澤諭吉をめぐる人々、慶應義塾、2026 https://www.keio.ac.jp/ja/about/publi... Ralph P. Edgerton, "Ranald MacDonald (1824-1894), Adventurer", HistoryLink.org Essay 7291 https://historylink.org/File/7291 国立公文書館 デジタル展示「漂流ものがたり」幕府による漂流船処遇 https://www.archives.go.jp/exhibition... ■ そのほか ラナルド・マクドナルド / 森山栄之助 / 井戸覚弘 / 異国船打払令 / 薪水給与令 / フェートン号事件 / 阿蘭陀通詞 / 諳厄利亜語林大成(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/ラナルド・マク... https://ja.wikipedia.org/wiki/森山栄之助 https://ja.wikipedia.org/wiki/諳厄利亜語林大成 James Glynn(Wikipedia, English) https://en.wikipedia.org/wiki/James_G... 利尻富士町「野塚のマクドナルド顕彰碑」 https://www.town.rishirifuji.hokkaido... Friends of MacDonald, "Moriyama Monument Dedicated" (2015) https://friendsofmacdonald.com/937/ ▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬ 【断り書き】 ・マクドナルドの手記は、出来事から約四十年後の一八八〇年代に書かれたものです。手記にしかない話(焼尻島で二日待った理由、転覆の練習、利尻のタンガロとのやりとり、松前の役人の身ぶり、牢での授業の進め方、ラゴダ号の男たちの気性)は、動画の中で「マクドナルドの回想によれば」と断っています。 ・利尻に上がった日、長崎に着いた日、プレブル号が入港した日、出島に移った日は、資料によって一日から数日ずれます。動画では「ごろ」「半ば」で述べています。 ・十四人の通詞のうち一人は、手記と日本側の資料で名が異なるため、姓だけ述べています。 ・ラゴダ号の二人の死は、手記と上院文書にもとづいて事実としてだけ述べ、方法は語っていません。英語版Wikipediaにある「数人が寒さで死んだ」という記述は、手記と食い違うため使っていません。 ・森山栄之助の没年は、日本側の資料では明治四年、英語の資料では一八七二年とされます。マクドナルドの命日も八月五日と八月二十四日の二説あります。 ・森山多吉郎の肖像写真(一八七〇年以前)、プレブル号の木版画(一八六〇年、米国議会図書館)、マクドナルド晩年の写真(ワシントン州公文書館)は、いずれも著作権の切れた資料です。それ以外の絵は、このチャンネルで描き起こしたもので、史料ではありません。絵の中の森山栄之助の顔も写真を写したものではなく、描き起こしです。