北条政子のその後|頼朝が死んだあと、息子2人と孫を失った妻は、なぜ「尼将軍」と呼ばれたのか
日本史読解室
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北条政子のその後|頼朝が死んだあと、息子2人と孫を失った妻は、なぜ「尼将軍」と呼ばれたのか
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1199年の正月、源頼朝が亡くなったとき、妻の北条政子は数えで43歳でした。それから1225年に69歳で亡くなるまでの26年、政子は2人の息子(頼家・実朝)と、孫たち(一幡・栄実・公暁・禅暁)を見送ります。
それでも、なぜ政子は、のちに「尼将軍」と呼ばれたのか。頼朝の死を伝える京都の日記、慈円の『愚管抄』、のちに北条氏のもとでまとめられた『吾妻鏡』、軍記『承久記』、近年の研究から、修禅寺の頼家、雪の鶴岡八幡宮の実朝と公暁、幼い三寅の後見、承久の乱の「最期の詞」、そして1225年の死までをたどります。同じ時代の記録で言えることと、のちの歴史書・伝承を分けてお伝えします。
▼この動画で分かること
・頼朝の死を伝える『明月記』、そっくり欠けた『吾妻鏡』の記事、落馬の話は13年後の記事
・いわゆる「13人の合議」と、次女・三幡の死、「まず私に矢を当てなさい」
・修禅寺の頼家――『吾妻鏡』の短い記事と、『愚管抄』の「殺されたと聞いた」
・父・時政を退けた姉弟と、慈円の「女人入眼の日本国」
・雪の夜の鶴岡八幡宮。実朝と公暁、大銀杏の話はいつ生まれたのか
・「二位の禅尼が簾の中で是非を聴く」――幼い三寅と後家の政子
・「尼将軍」という呼び名は、いつからあるのか
・承久の乱の「最期の詞」――『吾妻鏡』と『承久記』の伝え方の違い
・1225年の死と『吾妻鏡』の評、寿福寺・安養院の墓と伝わる石塔
▼チャプター
0:00 オープニング
1:10 第1章 頼朝の死
2:51 第2章 十三人と三幡
4:28 第3章 修禅寺
6:28 第4章 姉と弟
8:14 第5章 雪の鶴岡八幡宮
10:03 第6章 簾の中の二位殿
11:28 第7章 最期の詞
14:10 第8章 1225年の夏
16:13 第9章 語られた政子
16:49 エンディング
▼ご注意
・一部の映像は、当時の雰囲気を伝えるために制作したイメージ映像です。
・史料の引用は、刊本・研究者の翻刻に拠り、現代語訳は制作者によるものです。
・政子・頼朝などの肖像は、後世に描かれた絵や、像主に異説のある絵です。
・同じ時代の日記で確かめられることと、のちの編纂物(『吾妻鏡』)・軍記・伝承・研究者の見方を分けてお伝えしています。誤りに気づかれた方は、コメントで教えてください。
▼主な史料・参考文献
・『吾妻鏡』(『續國史大系』第4巻、経済雑誌社、1903年/日本古典全集『吾妻鏡』第5、1927年、国立国会図書館デジタルコレクション)
・慈円『愚管抄』(『國史大系』第14巻、経済雑誌社、1901年、国立国会図書館デジタルコレクション)
・東京帝国大学編『大日本史料』第4編之6・第4編之15・第5編之2(『明月記』『玉葉』『猪隈関白記』『仁和寺日次記』『大乗院日記目録』ほか所収)
・山本みなみ『史伝 北条政子―鎌倉幕府を導いた尼将軍』(NHK出版新書、2022年)、同「夫頼朝の死後、なぜ北条政子は『政』に関わることになったのか?」(サライ、2022年)
・田端泰子「中世女性の栄光と実像―北条政子と日野富子―」『橘女子大学研究紀要』13(1986年)、同「北条政子の熊野詣とその意義」(2020年)
・遠藤珠紀「『尼将軍』北条政子とは?」『ChiReKo』2026年度前期号
・野村育世『北条政子―尼将軍の時代』(吉川弘文館、2000年)、同 横須賀美術館連続講座資料(2022年)
・杉山次子「承久記諸本と吾妻鏡」『軍記と語り物』11(1974年)
・谷昇「北条政子の危急に際した北条泰時の出家願望について」『立命館文学』674(2021年)
・鎌倉市中央図書館 レファレンス回答(鶴岡八幡宮の大銀杏の伝承)
▼絵・写真・刊本のクレジット
・伝源頼朝像(神護寺)(伝藤原隆信、神護寺、パブリックドメイン)
・源頼家像(建仁寺)(建仁寺、パブリックドメイン)
・源実朝像(天子摂関御影)(伝藤原豪信、皇居三の丸尚蔵館、パブリックドメイン)
・北条時政(芳年武者无類)(月岡芳年、国立国会図書館、パブリックドメイン)
・北条泰時(教導立志基)(小林清親、東京都立図書館、パブリックドメイン)
・後鳥羽天皇像(水無瀬神宮本・部分)(伝藤原信実、水無瀬神宮、パブリックドメイン)
・平政子(全像本朝古今列女伝)(国立公文書館、パブリックドメイン)
・前大僧正慈円(菱川師宣・小倉山百人一首)(菱川師宣、国文学研究資料館、パブリックドメイン)
・平政子(前賢故実・巻第8)(菊池容斎、国立国会図書館、パブリックドメイン)
・大姫(前賢故実・源義高妻)(菊池容斎、国立国会図書館、パブリックドメイン)
・藤原定家(前賢故実・巻第7)(菊池容斎、国立国会図書館、パブリックドメイン)
・鶴岡八幡宮の本宮 写真:Daderot(CC0)
・鶴岡八幡宮の大石段と倒伏前の大銀杏 写真:Urashimataro(パブリックドメイン)
・大銀杏倒伏後の鶴岡八幡宮(2010年) 写真:Urashimataro(パブリックドメイン)
・修禅寺(伊豆市) 写真:663highland(CC BY-SA 4.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi...
・源頼家の墓(伊豆市) 写真:Saigen Jiro(CC0)
・伝北条政子墓(寿福寺のやぐら) 写真:Urashimataro(パブリックドメイン)
・伝北条政子墓の宝篋印塔(安養院) 写真:Tarourashima(パブリックドメイン)
・吾妻鏡写本・巻24(国立公文書館、パブリックドメイン)
・吾妻鏡写本・巻26(承久4年正月)(国立公文書館、パブリックドメイン)
・承久記・江戸初期写本(国立公文書館、パブリックドメイン)
・『續國史大系』第4巻「吾妻鏡」(1903年)国立国会図書館(保護期間満了)
・『吾妻鏡』第5(日本古典全集)(1927年)国立国会図書館(保護期間満了)
・『國史大系』第14巻所収「愚管抄」(1901年)国立国会図書館(保護期間満了)
(動画の中で拡大・トリミング・ぼかし・蛍光ペンを加えて使っています)
地図:Natural Earth(パブリックドメイン)をもとに作成
#北条政子 #源頼朝 #尼将軍 #承久の乱 #吾妻鏡 #鎌倉時代 #日本史