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夫が定年後の夕食を毎晩六時と決めていた。六十五歳の私は勤務表を見せた。帰りが遅い日の支度は、誰がするのか

Wascom Loforte

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夫が定年後の夕食を毎晩六時と決めていた。六十五歳の私は勤務表を見せた。帰りが遅い日の支度は、誰がするのか

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Wascom Loforte
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夫は冷蔵庫から私の勤務表を外し、代わりに「夕食は毎晩六時」と書いた紙を貼りました。私は煮物の容器に日付を書く手を止めました。六十五歳になった今も、火曜と金曜は七時半まで仕事。夫の勤めが終わっても、私の仕事と家事が終わるわけではありません。 出勤前の買い物、洗濯物、昼の食器洗い。遅番から帰れば、座る前に台所へ。夫とゆっくり夕食を囲めるのは、私もうれしい。でも、そのために私だけが働く時間を変え、支度を前倒しする。それが当然のように話が進むことに、言葉が詰まりました。 夫は近くに住む娘へ夕食を頼みます。娘にも仕事と子供の予定があり、毎週は引き受けられません。宅配を使う案が出ても、今度は私が仕事を続けるのだから、弁当代は私の給与から出せばいいと言われます。家計ノートには、私が生活費に足してきた分も残っているのに。 昼の勤務に替われば、収入は減り、元の時間に戻れる約束もない。八年続けた持ち場も、自分で使い道を決められるお金も、手放したくありませんでした。私は今の勤務を続けると返事をします。ただ、その選択をした私が、夕食の負担まで引き受けるのでしょうか。 やがて家計ノートに書き始めたのは、私一人で暮らすための費用でした。娘との同居にも、孫の迎えという新たな期待があります。部屋を借りれば家賃がかかり、働けなくなった先は不安です。夫と過ごした年月には、助けてもらった記憶もありました。 夫が自分の食事を引き受けようとした時、私は何を選ぶのか。出費を抑えてこの家に残ることと、自分の時間で暮らしてみること。その間で揺れる決断を、どうぞ聞いてください。 #熟年夫婦 #定年後の暮らし #家事分担 #老後の家計 #自分の時間