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【日本の技術】スズキのインド進出|候補にも入っていなかった浜松の小さな会社は、なぜ最後に選ばれたのか【海外の反応】

昭和の日本の技術とものづくり

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【日本の技術】スズキのインド進出|候補にも入っていなかった浜松の小さな会社は、なぜ最後に選ばれたのか【海外の反応】

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昭和の日本の技術とものづくり
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昭和の日本の技術とものづくりが、インドの道を変えた日。スズキのインド進出、鈴木修の決断の物語です。 アルトを全国どこでも同じ47万円で売り出した、浜松の小さな自動車メーカー。軽自動車の会社は、昭和57年、インドの国民車づくりの相手を探す話に遅れて名乗りを上げます。 インドの国民車をめざすマルチの前から、フィアットやルノーなどヨーロッパの大手は次々に手を引き、本命と見られていたのはダイハツでした。 スズキの社員が機内で読んだ一本の記事から、会社は数日で3メートルのテレックスを送り、社長みずから相手の前に立ちます。 鈴木修が「賛成は自分一人だった」と語る決断、25パーセントと40パーセントのあいだで決まった26パーセントの出資、2万台の目標に集まった12万台の予約、そしてマルチ800の最初の一台。 日本車とインド車の歴史に残るスズキの決断を、六つの場面でたどります。 ▼目次 00:00 スズキのインド進出|候補の外にいた浜松の会社が国民車の相手になるまで 01:37 鈴木修とアルト|田んぼの中の会社と全国同じ47万円の軽自動車 04:06 インドの国民車マルチ|サンジャイ・ガンジーの夢と止まったままの市場 06:44 フィアット・ルノーとダイハツ|去っていくヨーロッパの大手と本命の迷い 09:35 スズキの3メートルのテレックス|機内の記事から数日で800ccの提案 12:13 鈴木修の決断|賛成は一人、26パーセントの出資と12万台の予約 15:22 マルチ800と3千万台|最初の一台から、いまのインドの道へ 18:07 まとめ|昭和の日本の技術とものづくり、その決断 ▼参考 ・スズキ「鈴木修 相談役 逝去のお知らせ」ニュースリリース(2024年12月27日) ・スズキ「SUZUKI DIGITAL LIBRARY」初代アルト(1979年・47万円・全国統一価格) ・スズキ ニュースリリース(2010年3月15日)マルチ・スズキの沿革とインド市場 ・スズキ「100周年 ヒストリー」(1982年4月 基本合意・10月 正式調印) ・スズキ ニュースリリース(2018年11月26日)パキスタンでの四輪生産 ・スズキ ニュースリリース(2025年11月5日)インド累計販売3,000万台 ・トヨタ自動車「75年史」国内生産台数 ・Maruti Suzuki「Padma Vibhushan conferred on Mr. Osamu Suzuki」プレスリリース(2025年4月) ・R.C.バルガバ『The Maruti Story』抜粋(Business Today) ・R.C.バルガバ インタビュー(Autocar Professional 2022年・2023年) ・R.C.バルガバ インタビュー(Forbes India) ・R.C.バルガバ『インドの奇跡』はじめに(日経BOOKプラス) #日本の技術力 #スズキ #インド ナレーション:VOICEVOX:青山龍星 BGM:AKARI Sounds