【豊臣秀頼】豊臣家の行く末は、秀吉が死んだ時点で決まっていたのか?|戦国
べらぼう日本史の旅
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【豊臣秀頼】豊臣家の行く末は、秀吉が死んだ時点で決まっていたのか?|戦国
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大坂落城を「豊臣秀頼の視点」から語る歴史解説ドラマです。
豊臣家は、本当に「秀吉が死んだ時点で終わっていた家」だったのでしょうか。
17年の歩みを時の順にたどり、領地の縮み、片桐且元の退去、堀の埋め立ての三つの段で、秀頼の家に残る道がどう狭まったかを確かめます。
教科書では触れられない大坂落城の実像を、漫画表現のドラマ形式で丁寧にお伝えいたします。
戦国武将や日本史に興味をお持ちの方は、ぜひ最後までお付き合いください。
【目次】
0:00 落城の朝の使い
1:26 6歳の当主と五人の大老
4:07 関ヶ原と縮んだ領地
6:47 千姫の輿入れと右大臣
9:23 二条城の会見と去っていく大名たち
11:41 方広寺の鐘と駿府の使者
14:16 片桐且元の退去
16:50 冬の陣の和議と埋められた堀
19:21 二つの要求と夏の陣
21:51 17年の終わり
24:02 東慶寺と方広寺の鐘、今の大坂城
【本動画の主な研究文献・一次史料】
・『駿府記』(国立公文書館所蔵)
・『当代記』(国立公文書館「二条城会見」)
・『浅井一政自記』(堀智博「豊臣家中からみた大坂の陣」所収の翻刻)
・豊臣秀吉自筆遺言状案(山口・毛利博物館所蔵)
・本多隆成『徳川家康の決断』
・笠谷和比古『関ヶ原合戦と近世の国制』
・矢部健太郎「中近世移行期の皇位継承と武家権力」
・黒田基樹「大河ドラマ『真田丸』ワンポイント解説(44)」
【ご視聴にあたって】
・本動画は史料に基づく解説ですが、心情描写・会話の一部は創作・脚色を含みます
・堀の埋め立ての約束の範囲、国松の処刑の年齢と日付、最期の場所には諸説があり、本編は一つの解釈として語っています
・イラストは時代考証よりも親しみやすさを優先した漫画表現です
・コメント欄での誹謗中傷はご遠慮ください
秀頼は、父の死の日に行く末が決まっていた子と、17年のあいだ一つずつ道を狭められた家の当主の、どちらに近いでしょうか。
ぜひコメントでお寄せください。
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