塞いだら2年で崩れた。切れ目だらけの信玄堤が、甲府盆地を守れた理由 #信玄堤 #治水
人類の遺産
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塞いだら2年で崩れた。切れ目だらけの信玄堤が、甲府盆地を守れた理由 #信玄堤 #治水
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ここ甲府盆地には、戦国時代から、盆地を水から守ってきたと伝わる堤防があります。武田信玄が築いたと伝わる、信玄堤です。
ところが昔の信玄堤は、つながっていませんでした。明治の半ば、その切れ目を塞いで1本の長い堤に造り替えると、わずか2年で崩れ落ちます。
切れ目だらけの堤は、なぜ盆地を守り、切れ目を塞いだ堤は、なぜ崩れたのか。
流れを2つに分けた将棋頭、崖にぶつけた高岩、わざと空けた切れ目の堤、そして流れの中の聖牛。
水が出会う順に、上流からたどります。
▼目次
0:00 武田信玄の信玄堤|釜無川と御勅使川の流れを約20年で変える
2:29 御勅使川の将棋頭と石積出し|急流を2つに分ける
4:25 釜無川の高岩|高さ30mの崖に御勅使川をぶつける
6:19 竜王の雁行堤と聖牛|切れ目を空けて洪水を逃がす
8:15 明治の大改修|切れ目を塞いだ11キロの堤が2年で崩れる
10:25 いまの信玄堤と甲府盆地|聖牛と4月15日の神輿の行列
▼主な資料
・根元裕樹・中山大地・松山洋「洪水氾濫シミュレーションを用いた信玄堤の治水能力の再評価」『地理学評論』84巻6号(2011年)
・岩屋隆夫「釜無川左岸連続堤防の築造経緯」『水利科学』53巻5号(2009年)
・岩屋隆夫「甲斐武田の治水策の問題点とその限界」『水利科学』49巻3号(2005年)
・和田一範「わが国の聖牛の発祥に関する考察」『土木史研究論文集』24巻(2005年)
・国土交通省 甲府河川国道事務所『信玄堤・万力林・雁堤 歴史に学ぶ治水の智恵』
・『甲斐国志』(1814年) ・『地方凡例録』(1794年)
・第10回帝国議会 予算委員会 速記録(1897年)
・読売新聞(2026年8月18日)
この動画の映像と音声は、実物の写真や史料を参考に生成AIで制作した再現です。実写の記録映像ではありません。
#信玄堤 #治水 #武田信玄 #山梨 #土木 #日本史
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