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【パナマ運河】運河の機関車100両を納めた日本の三菱商事…アメリカ議会がもめた入札から任され続けた46年

日本の工夫ものがたり

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【パナマ運河】運河の機関車100両を納めた日本の三菱商事…アメリカ議会がもめた入札から任され続けた46年

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【パナマ運河】パナマ運河の古い閘門では、壁の上を走る電気機関車が、鋼のワイヤーで船を閘門の真ん中に保っています。この機関車を1962年から納めてきたのは、三菱商事を中心とする日本の会社です。 1960年、アメリカの議会で見直しを求める声が上がった入札から、運河がパナマに返されたあとの2006年に100両がそろうまで。46年の歩みを、運河の記録でたどります。 ▼チャプター 0:00 冒頭 パナマ運河の機関車と日本の会社 1:31 一 替えられない機関車(1955〜1959年) 4:03 二 アメリカの議会で(1960年) 6:34 三 東京の木の模型(1961〜1962年) 9:37 四 壁の上の30年(1964〜1996年) 12:19 五 返す前に、もう一度(1996〜1999年) 15:24 六 運河で初めての組み立て(2000〜2006年) 18:16 七 壁の上の2本のワイヤー ▼この動画で扱う範囲と数字の基準 ・機関車の役目は、パナマ運河庁の説明(張ったワイヤーで船を閘門の真ん中に保ち、壁に当たらないようにする)に合わせています。運河庁は、機関車は船を引くためのものではないと説明しています。 ・1955年の717万ドル、1956〜59年のアメリカの会社の試作、2本のワイヤーと2つの巻き上げ機の条件、1961年の木の模型と6つの工場、1962年の「とてもうまくいっている」は、運河の会社の月刊誌(The Panama Canal Review)によります。 ・1960年の入札の値段(約383万ドル・約474万ドル)、バイ・アメリカン法の上乗せ、上乗せを足しても約18万4千ドル安かったことは陸軍次官補の手紙、上院・下院でのやりとりはアメリカ議会の議事録(1960年)によります。 ・1960年に三菱商事に決まった理由として記録にあるのは、値段です。1997年に運河委員会が三菱商事を選んだ理由を書いた記録は、見つかっていません。 ・閘門の壁とのすき間「左右合わせて1メートルあまり」は、運河庁の閘門の幅と、古い閘門をふつうに通れる船の幅の上限からの計算です。 ・巻き上げ機を油圧にした理由と、インバーターを運河に合わせて作り直したことは、東洋電機製造の社史によります。 ・1965年度の評価と1977年の追加は運河の会社の年報、1980年の修理の工場と設計の確かさは運河委員会の雑誌、1987年・1996年・1997年・1999年の話は運河委員会の新聞(The Panama Canal Spillway)によります。 ・2003年の34両は、1997年の契約に残っていた最後の追加の権利です。2004〜2006年の組み立てと100両は、運河庁の新聞(El Faro)と発表によります。16両は、日本の会社から届いた部品を、運河庁の職員がパナマで組み立てたものです。 ・2026年9月の100両は、運河庁の毎月の表によります。いまの100両の作り手の内わけや、いまの保守を誰がしているかは、この動画では言っていません。 ・人の言葉は、記録に残っている英語などの言葉を日本語に訳したものです。 ▼主な出典 ・The Panama Canal Review(運河の会社の月刊誌、1955〜1964年)、パナマ運河会社の年報(1965年度・1977年度) ・アメリカ議会の議事録(1960年3月・4月・6月)、陸軍次官補の手紙(1960年) ・The Panama Canal Spillway(運河委員会の新聞、1987〜1999年) ・パナマ運河庁の発表(2002〜2005年)、El Faro(運河庁の新聞、2003〜2006年)、運河庁の毎月の表(2026年) ・東洋電機製造の社史 ・パナマ運河条約(1977年) ▼映像・音声について ・映像はコードで描いたアニメーションです。実在の人物の顔は描いていません。名前のない人物は架空のキャラクターです。 ・会社のロゴやマークは使っていません。国を分かりやすくするため、国旗は使っています。機関車の横に下げた日の丸の札は、日本の会社が作ったことを示す印で、実際の車体には描かれていません。 ・写真の機関車の作り手は、写真の説明には書かれていません。 ・ナレーションは合成音声(Gemini TTS)です。 ・写真(いずれもアメリカでパブリックドメイン): ・開通のころの機関車(1913年):『Official Handbook of the Panama Canal』(1913年)Plate K https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・閘門の間の坂を上る機関車(1913年):撮影 Ernest Hallen https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・ガトゥン閘門(1913年):アメリカ議会図書館 https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・ガトゥン閘門(1962年、2枚):The Panama Canal Review 1962年3月号 p.6 https://archive.org/details/panamacan... ・ガトゥン閘門(1966年):アメリカ海軍 https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・ミラフローレス閘門(1966年):アメリカ海軍 https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・条約に署名したあと握手する両国の指導者(1977年):ホワイトハウス、アメリカ国立公文書館(後ろの人の顔をぼかしています) https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・いまの機関車(2009年、ミラフローレス閘門):アメリカ海軍(乗員の顔をぼかしています) https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・両側の壁の機関車(2012年):アメリカ海軍(乗員の顔をぼかしています) https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... 音楽:BGMer https://bgmer.net