【衝撃!】江戸の稲荷寿司はなぜ一切れ四文で売れた?夜の屋台で切り分けた細長い鮨とは…【江戸めし絵巻】
江戸めし絵巻
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【衝撃!】江戸の稲荷寿司はなぜ一切れ四文で売れた?夜の屋台で切り分けた細長い鮨とは…【江戸めし絵巻】
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江戸めし絵巻
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いなり寿司は、いまでは一つずつ形をととのえて売られるお弁当の定番です。
けれども江戸では、細長い一本を屋台で切り分けて売っていました。
天保の末、油揚げを裂いて袋にし、きくらげと干瓢を混ぜた飯を詰めた鮨が、江戸の町で売り歩かれます。
鳥居の絵の行灯をともして夜の町を歩き、幕末の風俗の本には「最も賤価鮨なり」と記されています。
嘉永5年の狂歌の挿絵には「一本が十六文」「一と切が四もん」の売り声が書き添えられています。
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▼参考にした資料
・喜田川守貞『守貞謾稿』(国立国会図書館蔵)稲荷鮨・鮨・蕎麦屋の品書き
・『改訂新版 世界大百科事典』「稲荷鮨」(鈴木晋一)
・『精選版 日本国語大辞典』「稲荷鮨」(狂歌『近世商賈尽狂歌合』嘉永5年の挿絵と詞書)
・日本麺類業団体連合会「江戸時代のそばの品書き」
※江戸後期の資料を参考にした創作です。人物・会話は架空で、江戸のすべての人の暮らしを示すものではありません。
※映像表現の一部にAI技術を使用/音声 VOICEVOX(ちび式じい/九州そら/玄野武宏/もち子さん/No.7)